知るべき『漢方』こと
漢方の現代的な役割
漢方医学は、中国から伝来した伝統医学を大本として、日本の風土のなかで工夫・改良が重ねられて進化してきました。
現在の漢方は、中国の伝統医学(中医学)とは別の日本独自のものとなっています。治療に使う漢方薬は、植物や動物、鉱物などの自然由来の原料を加工した『生薬』を、決められたとおりに組み合わせてつくります。手軽に使える顆粒状などのエキス剤も、その元は生薬の煎じ汁です。
西洋医学を基本とする日本の現代医療にも、近年は、漢方がその特性を生かして取り入れらることも増え、漢方薬を処方する医師も増えています。
例えば、主に腹痛に使われてきた大建中湯(ダイケンチュウトウ)は、腹部手術後の腸閉塞を減らすことが注目され、外科で広く使われています。
抑肝散(ヨクカンサン)などは、認知症に伴う症状を改善し、介護する人の負担軽減にも役立っています。また、西洋医学でなかなかよい薬がないこむら返りには芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)がよく使われています。これらは、飲むと10分、20分で効果が現れるような即効性がある漢方薬です。
そのほか、がん治療の現場でも、抗がん剤による副作用の軽減や、治療後の体力回復などに、漢方薬が役立つことがあります。現代医学では診断法・治療法が確立していないが、漢方の出番が徐々に増えています。
体質や現況に応じて処方される
漢方では、医師の五感を使った診察で患者さんの状態『証』を見極め、薬を処方します。その際にポイントとなるのが、『陰・陽』『虚・実』などの観点で捉える、患者さんの体質や現在の状態です。また漢方では、『気・血・水』という3つの要素が体内を巡って健康を維持していると考えられており、それらの状態によっても処方が変わります。
漢方での診断とは、どの漢方薬が合う状態かを見極めているともいえると思います。西洋医学で同じ病名でも、同じ漢方薬が合うとは限らないです。
漢方薬の特性を知ろう
一般に漢方薬は、構成する生薬の種類が少ないほうが即効性があり、生薬の種類が多いほうが穏やかに作用します。
漢方薬には体にやさしいというイメージがあるかもしれませんが、副作用もあるといわれています。例えば、漢方薬の7割以上に含まれる甘草という生薬の成分の影響で、血圧上昇やむくみなどが現れる低カリウム血症が起こることがあります。甘草の量が多いと起こりやすいので、特に複数の漢方薬を併用する際は注意が必要です。
通常、漢方薬は食前または食間に服用します。胃酸や腸内細菌の影響を受けやすい漢方薬は、空腹時にのんだほうが効果が得やすいからです。ただし、食前にのみ忘れたら食後にのんでも問題ないようです。人によっては、食後に服用したほうがうまく使えることもあります。
身近な不調 かぜ
原因を問わず、起こっている症状を重視
西洋医学的な治療では、解熱鎮痛薬を中心に、咳があれば咳止め、痰が絡んでいれば痰切りなど、複数の薬を併用するのが一般的です。いずれも風邪の原因を取り除くものではなく、あくまでも対症療法です。風邪を治すには抗菌薬(抗生物質など)を使うものと思っている人もいるようですが、風邪の約9割はウイルスが原因なので、細菌を殺したり増殖を抑えたりするする抗菌薬は効きません。
漢方の治療では、原因がウイルスか最近かを問わず、起こっている症状を重視して薬が選択されます。ただし西洋医学の対症療法とは考え方が異なります。風邪のひき始めに薬で熱を下げるというより、むしろ体を温めて発汗を促したり、体が本来持っている闘病反応を高めたりして、結果的に熱を下げるのです。漢方薬には複数の生薬が配合されていて、1つの薬で風邪のさまざまな症状に効果が期待できるのも特徴です。
症状が移り変われば、漢方薬の処方も変わる
漢方治療では、症状や患者さんの体質などに応じて薬が使い分けられます。加えて、風邪のように症状が移り変わるものでは、進行に伴って漢方薬の処方も変わります。
例えば、風邪に使う漢方薬として代表的な葛根湯(カッコントウ)は、風邪のひき始めに悪寒がして首の後ろ側や肩がこわばるようなときに使います。そのほか、ひき始めの症状が主に鼻水やくしゃみなら小青竜湯(ショウセイリュウトウ)、喉の症状なら麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)、咳や気管の症状なら麻黄湯(マオウトウ)などが代表的です。
これらの漢方薬で注意が必要なのが、麻黄という生薬の副作用です。麻黄には発汗を促したり痛みや咳を鎮める効果がありますが、血圧を上昇させたり脈を速くする副作用があるため、高血圧や不整脈、また前立腺肥大症などがある人は慎重に使う必要があります。妊娠中の女性も含め、麻黄を含む薬を使いにくい人の風邪には桂枝湯(ケイシトウ)が広く使われています。
さらに、風邪が長引いて、食欲がない、食べるとむかつくというような消化器症状が出てきたときには、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)や小柴胡湯(ショウサイコトウ)などが用いられます。また、咳や痰が続くときに麦門冬湯(バクモンドウトウ)などを使ったりするようです。
花粉症の治療薬
鼻かぜによく使われる『小青竜湯』は、水のようなサラサラした鼻水、くしゃみ、鼻詰まりなど、同様な症状が現れるアレルギー性鼻炎にも使われます。近年は、眠くならない花粉症の薬としても知られ、花粉症に対する漢方治療では代表的な処方となっています。
鼻炎症状に加え、目のかゆみにも有効との報告もあります。
また、麻黄を含む小青竜湯を使いにくい人の花粉症には、『笭甘姜味辛夏仁湯』(リョウカンキョウミシンゲニントウ)などが使われます。
風邪に用いられる漢方薬
体の状態 | 主な症状 | 漢方薬 |
陽 実 | 首の後ろ側や肩のこわばり、悪寒、頭痛 | 葛根湯 |
陽 中 | 鼻水、くしゃみ、鼻詰まり | 小青竜湯 |
陰 虚 | 喉の痛み、咳、悪寒、冷え | 麻黄附子細辛湯 |
陽 実 | 咳、呼吸が苦しい、発熱、悪寒、関節痛 | 麻黄湯 |
陽 虚 | 発熱、悪寒、発汗、頭痛 | 桂枝湯 |
陽 虚 | 食欲不振、便通異常、汗ばみ | 柴胡桂枝湯 |
陽 中 | 発熱、吐き気、食欲不振 | 小柴胡湯 |
胃腸の不調
検査で異常ないが胃の不調が続くタイプ
消化器の働きの不調を、漢方では『気』の異常と捉え、治療には人参湯(ニンジントウ)をベースにした薬が基本となります。
胃もたれ、食欲不振、胸焼けなどの症状がある場合には、胃など上部消化管の不調が考えられます。がんや潰瘍などがあれば西洋医学的な治療が優先されますが、そうした病変がないのに症状が続くことがあります。
検査では特に異常が見られないのに胃もたれなどの不調が続くものを『機能性ディスペプシア』と言います。以前は『胃腸カタル』などと呼ばれていたものです。また、胃酸が食道に逆流して胸やけなどが起こる『胃食道逆流症』のなかにも、食道に潰瘍などがなどがみられないタイプがあります。そのような場合は、特に漢方治療が向いていると言われています。
機能性ディスペプシアの治療に使われる代表的な漢方薬が六君子湯(リックンシトウ)です。
特に『神経性胃炎』『ストレス性胃炎』と呼ばれていたような、精神的な要因の関わりが深いタイプに効果的とされています。
手術や抗がん剤治療などで体力・気力が低下して食欲がないような患者さんにも用いれられます。
また、食べ過ぎたり、胃や食道の粘膜に炎症が起こったりして胸やけがするような人には、半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)がよく用いれられます。
下痢や口内炎にも使われる薬で、抗がん剤治療中の副作用軽減のために使われることもあります。
腸の働きを整える薬で便秘や下痢を改善する
一方、便秘、下痢、腹痛、腹部膨満感などが続く場合は、大腸など下部消化管の不調が考えられます。
便秘に対する治療の中心となるのは、大黄という生薬を含む薬です。大黄には腸を刺激してお通じを促す作用があり、その成分の『センノシド』は、西洋薬の刺激性下剤の成分でもあります。
代表的な薬が大黄甘草湯です。便秘の他に特に症状がなく、体力が中等度以上であれば、一般にまずこの薬が使われます。
より体力がない人では、大黄の刺激を和らげるような生薬が加えられた薬が使われます。麻子仁丸(マシニンガン)は、特に高齢者のコロコロ便に効果的です。
大王は効きすぎると、腹痛や下痢が起こることがあります。そのため、体力が低下した人では、便秘がある場合でも大黄を含まない薬で改善を図ります。
例えば、大建中湯(ダイケンチュウトウ)もその一つです。近年、腹部手術後の腸閉塞の予防に活用されていますが、もともと主に腹痛に使われてきた薬で、消化管の運動を調整して、便秘などの便通異常の改善にも役立ちます。
便秘や下痢を繰り返す『過敏性腸症候群』には、鎮痛・鎮痙作用のある芍薬を含む桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)がよく用いれられます。
また、冷えで悪化するような下痢には、おなかを温めて腸の働きを整える真武湯(シンブトウ)などが用いれられます。
胃腸の不調に用いられる漢方薬
体の状態 | 主な症状 | 漢方薬 |
陰 虚 | 食欲不振、胃部膨満感、胃もたれ、吐き気、不安、不眠 | 六君子湯 |
陽 中 | 吐き気、胸やけ、消化不良、下痢、不安、不眠 | 半夏瀉心湯 |
陽 中 | 便秘(代表的処方) | 大黄甘草湯 |
陰 虚 |
便秘、特に高齢者のコロコロ便 |
麻子仁丸 |
陰 虚 | 腹痛、腹部膨満感、便秘異常、冷え |
大建中湯 |
陰 虚 | 腹部膨満感、過敏性腸症候群、腹鳴、下痢、便秘 | 桂枝加芍薬湯 |
陰 虚 | 下痢、冷え、腹痛 | 真武湯 |
更年期障害、不定愁訴
更年期の多様な症状を主に『血』の異常として治療
更年期には、女性ホルモンの減少やそれに伴う自律神経の働きの乱れなどから、『不定愁訴』といわれるさまざまな不調が現れます。これが更年期障害です。ほてり・発汗、冷え、だるさなどの体の症状が現れることも、イライラ、不安、不眠などの心の症状が現れることもあり、しばしばいくつも重なって現れます。
漢方では、月経や妊娠・出産、更年期など、女性ホルモンが変動する時期に起こる女性特有のさまざまな症状を指す『血の道症』という言葉があります。『血』の巡りが滞る『瘀血』が主な原因と考えられ、『血』の巡りをよくする漢方薬が用いられます。
※もちろんローリング療法も最適です
一つの薬が体や心の症状も併せて改善
漢方には、心と体は一体であるという『心身一如』という考え方があります。複数の生薬で作られる漢方薬は、1つの薬に多様な効果があり、体の症状も心の症状も併せて改善が期待できます。
更年期の心身の症状をはじめ、女性の不定愁訴によく用いられるのが、三大女性漢方薬といわれる当帰芍薬散(トウキシャクヤウサン)、加味逍遙散(カミショウヨウサン)、桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)です。当帰や牡丹皮などの『血』の巡りを改善する生薬や、『血』を補う芍薬などの生薬が含まれ、『気・血・水』の状態や症状などから使い分けられます。更年期の症状には『気』の巡りも乱れていることが多く、加味逍遙散がよく処方されています。
更年期障害・不定愁訴の用いられる漢方薬
気・血・水の要素 | 主な症状 | 漢方薬 |
血・水 | 足腰の冷え、脚のむくみ | 当帰芍薬散 |
気・血・水 | イライラや倦怠感、肩こり | 加味逍遙散 |
気・血 | 下半身が冷えて顔がほてる(冷えのぼせ) | 桂枝茯苓丸 |
冷え性
冷えによる不調は西洋医学の治療対象になりにくい
冷えに悩む人は多いものの、西洋医学では、不調があっても検査で異常が見つからないと、治療の対象にはなりにくいものです。しかし、冷えがあるとさまざまな痛みも起こりやすく、悪化しやすい症状・病気は少なくありません。
漢方では、『冷え性』は重要な治療の対象とされています。冷えを改善することで、心身のさまざまな不調の改善が期待できます。
冷えのタイプに応じて漢方薬を和ける
一口に冷えといっても、『手足が冷える』『全身が冷える』『下半身が冷えるが、顔はのぼせる』など、さまざまなタイプがあります。多くはもともと冷えやすい体質に、生活要因などが重なって起こると考えられます。
漢方では、患者さんの体質や体の状態を見極め、冷えのタイプに応じた薬が用意されます。
薬の選択には、冷え以外に併せ持つ症状も重要です。薬が合えば、冷えが軽くなるのに伴って、併せもつ症状の改善も期待できます。
冷え性に用いられる漢方薬
体の状態 | 主な症状 | 漢方薬 |
陰 虚 | 全身の冷え、胃腸の働きの不調 | 人参湯 |
陰 虚 | 手足の冷え、下腹部痛 |
当帰四逆加呉茱萸生姜湯 |
陽 中 | 下半身の冷え、のぼせ | 桂枝茯苓丸 |
陰 虚 | 冷え、むくみ、下痢 | 真武湯 |
疲れが溜まる、体力低下
足りないものを補い、体の動きを整える
病気や怪我による体力低下や、なんとなく疲れやすいといった原因不明の倦怠感などに効果が期待できるのが、『捕剤』と総称される漢方薬です。体内を巡って健康を維持している『気』や『血』などの不足を補うとされ、意欲や気力を高めて、低下した体の機能全体を底上げするような働きを持っています。
近年は、がん患者さんの体力維持や治療をサポートする目的でも、こうした漢方薬が使われるようになっています。さらに、補剤のもつ免疫の働きを調整する効果が注目され、アレルギー性疾患や感染症などへの活用も期待されています。最近では、新型コロナウイルス感染症の後遺症など、長期化した体力低下にも『参耆剤』(ジンギザイ)が使われています。
三大補剤を中心に症状に応じて使う
補剤の中心となるのが、生薬の人参と黄耆を含む参耆剤です。朝鮮人参として知られる人参は疲労や食欲不振、倦怠感を改善するとされ、黄耆には滋養強壮作用や抗炎症作用があるとされています。
なかでも三大補剤といわれる代表的な薬が、補中益気湯(ホチュウエッキトウ)、十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)、人参養栄湯(ニンジンヨウエイトウ)です。疲労・倦怠感に効果がある点が共通するほか、特に効果的な症状に特徴があり、患者さんの症状などに応じて使い分けられます。いずれも甘草が含まれているため、低カリウム血症による血圧上昇やむくみなどに注意して使います。
体力低下に用いられる漢方薬
体の状態 | 主な症状 | 漢方薬 |
陽 虚 | 疲労・倦怠感+食欲不振、胃腸の働きの低下 | 補中益気湯 |
陰 虚 | 疲労・倦怠感+貧血や産後の体調不良 | 十全大補湯 |
陰 虚 | 疲労・倦怠感+咳・息苦しさなど | 人参養栄湯 |
認知症
行動・心理症状を和らげる
認知症の症状には、中核症状とされる物忘れなどの認知機能障害とそれに伴って現れる行動・心理症状があります。特に行動・心理症状は介護する人にとって負担が大きいといわれています。認知症の治療の中心は西洋学ですが、近年、行動・心理症状を和らげるために、漢方薬が取り入れられることが増えています。
抑肝散(ヨクカンサン)は、体力がやや低下した、神経が高ぶっているような人によく用いられる薬ですが、認知症に伴う同様の症状の改善にも役立ちます。似た症状で、より体力が衰えた人には、陳皮と半夏を加えた抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ)が用いられます。また、釣藤散(チョウトウサン)は高血圧傾向の人の頭痛などに使われてきた薬で、脳血管障害後の認知症に伴う元気のなさなどに用いられています。
これらの漢方薬に含まれる釣藤鉱という生薬には、血管拡張や鎮静の作用があることが知られています。いずれの薬も甘草が含まれているので、副作用の低カリウム血症には注意が必要です。